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東京地方裁判所 昭和37年(ワ)8017号 判決 1963年5月29日

判   決

東京都台東区竹町百三十一番地

原告

三信化工株式会社

右代表者代表取締役

船越三郎

右訴訟代理人弁護士

丸山武

東京都中央区日本橋室町四丁目六番地

被告

菱華工業株式会社

右代表者代表取締役

津末宗一

右同所

被告

菱華産業株式会社

右代表者代表取締役

津末宗一

右両名訴訟代理人弁護士

渡辺綱雄

小村義久

右当事者間の昭和三七年(ワ)第八、〇一七号製造、販売禁止請求事件について、当裁判所は、次のとおり判決する。

主文

原告の請求は、いずれも棄却する。

訴訟費用は、原告の負担とする。

事実

(当事者の求めた裁判)

原告訴訟代理人は、「被告菱華工業株式会社は、別紙(一)及び(二)記載の椀を製造、販売し、被告菱華産業株式会社は、右各椀を販売してはならない。訴訟費用は、被告らの負担とする。」との判決を求めた。

被告ら訴訟代理人は、主文同旨の判決を求めた。

(請求の原因)

原告訴訟代理人は、請求の原因として、次のとおり述べた。

一  原告の実用新案権

原告は、次の実用新案権を有している。

登録番号 第五二〇、八七四号

考案の名称 椀

出   願 昭和三十三年五月九日

出願公告 昭和三十五年六月八日

登   録 昭和三十五年十月五日

二  登録請求の範囲

本件実用新案登録出願の願書に添付した明細書の登録請求の範囲の記載は、別紙(三)の該当欄記載のとおりである。

三  本件登録実用新案の要旨及び作用効果

(一)  本件登録実用新案は、椀の構造にかかり、その要旨は、

(1) 口縁外周に環状隆起条2(番号は、別紙(三)の図面に附されているものを示す。以下本件登録実用新案について同じ。)を一体に設けたこと。

(2) 外周に縦突条1を一体に縦設したこと。

(3) 縦突条1の上競は、環状隆起条2に連接したこと。

にあり、

(二)  その作用効果は、

(1) 口縁外周には、環状隆起条2を設けてあるから、口縁部は著しく補強されて弾力性に富み、そのため多数の椀を強固に重合しても、口縁部から裂ける虞れが全くないこと。

(2) 多数の椀を強固に重合したままで、洗槽に浸漬すると、縦突条1によつて形成された間隙から椀内に浸入した水により、隣接する二つの椀は分離されると共に浮上せず、椀に附着している食物の残渣は剥がれることとなり、また消毒液、熱湯、蒸気等を吹き込むと、縦突条1、1間を伝つて、椀内のすみずみまで強く噴射され、くまなく消毒することができること。

(3) 縦突条1の上端は、環状隆起条2に連接してあるから椀の強度を著しく増し、また、この連接部における縦突条1上を把持すると、厚みがあるので、熱いものを入れてあつても熱さを感ぜず、しかも、指腹の一部は環状隆起条2にかかるので、誤つて取り落す虞れがないこと、

である。

四  被告らの行為

昭和三十七年二月ごろから、被告菱華工業株式会社は、別紙(一)及び(二)記載の椀を製造して、被告菱華産業株式会社に販売し、同被告はさらに、これを他に販売している。

五  本件各椀の構造上及び作用効果上の特徴

(一)  本件右椀の構造上の特徴は、次の(1)から(3)の点にある。

(1) 胴周を口部に至るに従いラツパ状に強く彎曲して口縁外周1(番号は、別紙(一)及び(二)の図面に附されているものを示す。以下本件各椀について同じ。)を外に張り出させたこと。

(2) 胴周外面には、三本の縦突条2を等間隔で隆設したこと。

(3) 口縁外周1に縦突条2の上端を連らねたこと。

(二)  本件各椀の作用効果上の特徴は、本件登録実用新案の有する作用効果と同一である。

六  本件登録実用新案と本件各椀との比較

本件各椀は、いずれも、次の(一)から(三)に詳説するとおり、本件登録実用新案の要旨を構成する各要件を充足しており、かつ作用効果も同一であるから、本件登録実用新案の技術的範囲に属する。すなわち、

(一)  本件登録実用新案は、口縁外周に環状隆起条2を設けているが、この環状隆起条2は、口縁部を補強する作用効果を有するものである。本件各椀においては、胴周を口部に至るに従いラツパ状に強く彎曲して口縁外周1を外に張り出させたことにより口縁部を補強する作用効果を有している。したがつて、その作用効果において同一であるから、本件各椀と本件登録実用新案との、この点における差異は、構造上の微差にすぎない。

(二)  本件各椀は、胴周外面に三本の縦突条2を等間隔で隆設した構造を有するから、本件登録実用新案の外周に縦突条1を一体に縦設したことという要件を充足している。

(三)  本件各椀は、口縁外周1に縦突条2の上端を連らねた構造を有しているが、この口縁外周1と、本件登録実用新案の環状隆起条2との差異は、前記のとおり、構造上の微差にすぎないものであるから、本件登録実用新案の縦突条1の上端は、環状隆起条2に連接したことという要件を充足している。

七  差止請求

被告菱華工業株式会社は、本件登録実用新案の技術的範囲に属する本件各椀を製造して、被告菱華産業株式会社に販売し、同被告は、さらに、これを他に販売することにより、原告の有する本件実用新案権を侵害するものであるから、原告は、被告らに対して、その侵害の停止を求める。

(答弁)

被告訴訟代理人は、答弁として、次のとおり述べた。

一  請求の原因一の事実は認める。

二  同二の事実は認める。

三  同三の事実は否認する。本件登録実用新案の要旨は、従来行われていた縦突条1の上端に連接して、環状隆起条2を口縁外周に一体に設けたことにある。その作用効果は、右の構造により従来行われていた縦突条だけでは、「口縁部が補強されていないから、多数の椀を強固に重合すると口縁から裂ける虞れがあり、したがつて、一度に多数の椀を積み重ねて運搬することができない不便」をなくするという点にある。

四  同四の事実は否認する。

五  同五の事実は否認する。

六  同六の事実は否認する。

(証拠関係)≪省略≫

理由

(争いのない事実)

一  原告が、その主張する実用新案権を有すること、本件実用新案登録出願の願書に添附した明細書の登録請求の範囲の記載が、別紙(三)の該当欄記載のとおりであること、及び、被告菱華工業株式会社が本件各椀を製造して、被告菱華産業株式会社に販売し、同被告はこれを他に販売していることは、当事者間に争いがない。

(本件各椀が本件登録実用新案の技術的範囲に属するか)

二 本件各椀は、以下説示するところから明らかなように、本件登録実用新案の技術的範囲に属するものということはできない。

(一)  当事者間に争いのない前記登録請求の範囲の記載に、成立に争いのない甲第二号証(実用新案公報)を参酌して考察すると、本件登録実用新案は椀の構造にかかり、「口縁外周に環状隆起条2を一体に設け、縦突条1の上端は環状隆起条2に連接したこと」を、その構成上の必須要件の一つとしているものと認めることができる。

(二)  しかして、別紙(一)記載の椀(以下本件(一)の椀という。)においては、「胴周を口部に至るに従いラツパ状に強く彎曲して口縁外周1を外に張り出させ、縦突条2の上端は口縁外周1に連らねた構造」が、別紙(二)記載の椀(以下本件(二)の椀という。)においては、「胴周を口部に至るに従い次第に肉厚を増させるとともに、ラツパ状に強く彎曲して口縁外周1を外に張り出させ、縦突条2の上端は口縁外周1に連らねた構造」が、それぞれ本件登録実用新案の前示要件と均等であるかどうかは別として、これに対応するものであることは、当事者間に争いない登録請求の範囲の記載と本件各椀とを対比することにより、明らかである。

(三)  前掲甲第二号証及び鑑定人(省略)の鑑定の結果を参酌して、本件登録実用新案における前示要件と、本件各椀の右構造とを比較検討すると、本件各椀は、本件登録実用新案における「口縁外周に環状隆起条2を一体に設け、縦突条1の上端は環状隆起条2に連接したこと」という要件を有しないものといわざるをえない。すなわち、本件登録実用新案においては、口縁外周に環状隆起条2を一体に設け、縦突条1の上端は環状隆起条2に連接したことにより、「口縁部は著しく補強されて弾力性に富み、そのため多数の椀を強固に重合しても、口縁部から裂ける虞れが全くない。また、縦突条1の上端は環状隆起条2に連接してあるから、これのない椀に比し、強度を著しく増加するばかりでなく、この連接部における縦突条2上を把持すれば、厚みがあるので、熱いものを入れてあつても、熱さを感ぜず、しかも、指腹の一部は環状隆起条2にかかるので、誤つて取り落す虞れもない。」という作用効果を有するものである。しかるに、本件各椀においては、椀の胴周を口部に至るに従いラツパ状に強く彎曲して口縁外周を外に張り出させているにすぎず(この構造は、椀の通常の形状として従来から知られていたところである。)、とくに、本件(二)の椀においては、胴周を口部に至るに従い次第に肉厚を増させた構造を有しているが、この口部の肉厚の部分は、椀の底部又は中間部に比較して、僅かに厚さを増している程度であり、これにより、本件登録実用新案における前記のような作用効果を期待すべくもないのであるから、本件各椀においては、本件登録実用新案における「口縁外周に環状隆起条2を一体に設け、縦突条1の上端は環状隆起条2に連接したこと」という構造に相当するものが存在しないというほかはない。

したがつて、本件各椀は、この点において、本件登録実用新案における必須要件の一つを欠くものであるから、他の点を比較するまでもなく、本件登録実用新案の技術的範囲には属しないものといわざるをえない。甲第三号証(鑑定書)の弁理士(省略)の意見は、胴周より外方に突出するものが、本件登録実用新案においては、椀体の口縁外周に環状に形成された隆起条であり、本件各椀においては、口縁を強く外方に彎曲させて形成した張出部であることを度外視し、両者を単に、「口縁外周を胴周より外に突出させた点で一致」するとする点において、また、甲第九号証(鑑定書)の弁理士(省略)の意見は、本件登録実用新案における「環状隆起条2」を、その形状を軽視して、その作用効果の面のみを重要視し、広く、「口縁の補強と把持した場合の滑止めを達せしめ得る程度、口縁全体にわたり、一体に外方に突出せしめる」ものと解すべきであるとする点において、いずれも、当裁判所の、たやすく賛同しえないところであり、他に、右結論を左右するに足りる証拠はない。

(むすび)

三 以上説示のとおりであるから、本件各椀が本件登録実用新案の技術的範囲に属することを前提とする原告の本訴請求は、理由がないものといわざるをえない。よつて、原告の請求は、いずれも棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八十九条を適用して、主文のとおり判決する。

東京地方裁判所民事第二十九部

裁判長裁判官 三 宅 正 雄

裁判官 竹 田 国 雄

裁判官米原克彦は退官のため、署名押印することができない。

裁判長裁判官 三 宅 正 雄

別紙(一)

被告らの椀

図面は、被告らの椀の一半を縦断した側面図である。

このa、はポリプロピレン樹脂からなり、胴周を口部に至るに従いラツパ状に強く彎曲して口縁外周1を外に張り出させ、該口縁外周1に上端を連らねて胴周外面には三本の縦突条2を等間隔で隆設してなるものである。

別紙(二)

被告らの椀

図面は、被告らの椀の一半を縦断した側面図である。

この椀aは、ポリプロピレン樹脂からなり、胴周を口部に至るに従い次第に肉厚を増させる(a′)とともに、ラツパ状に強く彎曲して口縁外周1を外に張り出させ、該口縁外周1に上端を連らねて胴周外面には三本の縦突条2を等間隔で隆設してなるものである。

別紙(三)

椀図の略解

第一図は斜視図、第二図は横断面図である。

実用新案の説明

この実用新案は口縁外周に環状隆起条2を設け、この隆起条2と一体に連接して縦突条1を数個所に縦設してなる椀に関するものである。

従来食事後殊に病院、学校等においては使用済の椀を積み重ねて洗槽にまで運ぶため嵌め込んだ椀同志は緊密に嵌合してしまい、洗つたり消毒するためには一つ宛抜取らねばならないから繁雑なばかりでなく時には嵌合が強固に過ぎて仲々離れ難くなる。又抜取ることなく洗槽に張つた水に浸漬すると嵌合した両椀で形成される空所には空気が残つているので浮上し、附着せる飯粒等は落ち難くなる欠点があつた。そのため従来縦方向の突条を縦設した椀も知られているが、これによると口縁部が補強されていないから強固に重合すると口縁から裂ける虞れがあり、従つて一度に多数を積重ねて運搬することができない不便があつた。

本案は外周に突条を縦設した型式の椀に関し、上記の欠点を除くため考案されたものであつて、前述の様に口縁外周には現状隆起条2を設けてあるから、口縁部は著しく補強されて弾力性に富みそのため強固に多数を重合しても該部から裂ける虞は全くないと共に斯様に強固に重合した儘で、洗槽に浸漬すると縦突条1によつて形成された、隙から椀内に浸入した水により両椀A、aは分離させられると共に浮上せず附着している食物の残渣は剥れることとなり、又消毒液、熱湯、蒸気等を吹込めば縦突条1、1間を伝つてすみずみにまで強く噴射され限なく消毒することもできるので何等支障を生じない。その上、縦突条1の上端は環状隆起条2に連接してあるから、これのないものに比し強度を著しく増加するばかりでなく、この連接部における縦突条2上を把持すれば厚みがあるので熱いものを容れてあつても熱さを感ぜず、しかも指腹の一部は環状突条2にかかるので誤つて取り落す虞れもない。

登録請求の範囲

口縁外周に環状隆起条2を一体に設け、外周に一体に縦設せる縦突条1の上端は環状隆起条2に連接した椀。

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